由緒


800年以上に渡る伊勢の神宮との深いつながり

 

 初生衣神社のある浜名の地域は伊勢の神宮の神領(神社の所有地)にありました。そのため、地域全体が伊勢神宮とかかわりがありました。中でも初生衣神社と伊勢の神宮のかかわりは深く、800年を超える長い間伊勢神宮に神御衣を納めてきたという歴史があります。

 

 古くから伊勢神明初生衣神社、浜名斎宮と称えられてきた神社である初生衣神社。その役割は神御衣を納めるにとどまらず、伊勢神宮の神領であった浜名の神聖品を調達する神聖工場であったという見方もあります。室町時代、戦国乱世で諸国の神領が貢物を絶った際も、初生衣神社は神御衣調達を継続したといわれています。

 

※写真は初生衣神社本殿

 


奉献される神御衣の辿る道

  伊勢の神宮に納める神御衣は三河(愛知県) から赤引きの糸を取り寄せて使用していました。この糸を神社内の「織殿(おりどの)」にある昔ながらの織機で織り、できた神御衣は愛知を通って三重県の伊勢の神宮に納められました。

 

 現在はおんぞ奉賛会や崇敬する人々によって織った布を伊勢神宮に奉献していますが、神社内に織殿と織機が残っています。この歴史に基づき行われるのが現在の「おんぞ祭り」で、毎年4月第2土曜日に繊維関係者や町内の人々が集まり執り行われます。

 

※写真は織殿の織機

 

 


職人・神服部家

 神服部家は古く宮廷において、機織り職人として仕えてきた家です。

 

 浜名史論の中にしか活字がありませんが、神服部家文書によれば久寿2年(1155年)より、三ヶ日町岡本の当社境内の織殿で三河の赤引きの糸を用いて機を織り、伊勢の神宮に奉献して来ました。

 明治17年に伊勢の神宮から出された神宮職制制定により途絶えてしまいましたが、昭和43年より奉献を開始して現在に至っています。

 現在は、境内入口神社向って右側に、神服部家住居が残っています。

 

※写真は拝殿前の椿